たるたる日和
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カテゴリ:中国旅行記( 12 )
中国旅行記まとめ
唐突企画旅行記連続アップでした。ヴァナと全然関係ない記事を連続でアップするなんて初めてで、自分自身楽しんでかけました。そのおかげで少しながくなっちゃいましたね。時間のあるときにでも拾い読みしていただけると幸いです^^

[中国旅行記1]一日目「飛行機」
[中国旅行記2]一日目「北京」
[中国旅行記3]一日目「クラウンプラザホテル」
[中国旅行記4]二日目「西安」
[中国旅行記5]二日目「乾陵、永泰公主墓」
[中国旅行記6]二日目「お土産屋」
[中国旅行記7]二日目「ガーデンホテル」
[中国旅行記8]三日目「兵馬俑坑」
[中国旅行記9]四日目「西安城内見物」
[中国旅行記10]五日目「万里の長城」
[中国旅行記11]五日目「紫禁城」

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by lars.ff11 | 2006-05-20 13:52 | 中国旅行記
[中国旅行記11]五日目「紫禁城」
午後はもうひとつのメインである紫禁城へ。紫禁城は明清両王朝の皇宮でした。故宮博物館としても有名で、内部の宮室がそのまま展示室になっているみたいです。

バスで紫禁城正門の午門まで進みます。午門は中央にどでかい門があり、左右に通用門のような門がついています。中央の門は皇帝専用で、門に続く石畳の道も、他の道よりも一段高くなっていて権力の強さが見ただけで理解できるつくりです。

午門を通り抜けると、正面に大和門が見えます。この大和門から先は高級官僚以上のものでしか入場を許可されなかったといいます。地面には分厚いレンガが敷き詰められていて、外敵がトンネルを掘って進入してくるのに対して警戒までされています。この宮殿を造ったのは明の永楽帝ですが、実力で帝位についた人であるだけに、警戒も厳重だったのかもしれませんね。

大和門を通ると、広大な広場に抜け、その先には広壮な宮殿があたりを威圧するかのようにそびえています。あれが有名な大和殿か。大作映画「ラストエンペラー」でも有名ですよね。大和殿の内部は金箔が至るところに貼られ、黄金色に輝いています。正面の高い台座の上には、金箔を溶かした漆で塗られた、龍の彫刻が美しい玉座がどーんと置かれていて、その両脇には、やはり龍の彫刻が施された柱が立っています。

大和殿自体はそれほど大きくなくて、皇帝と従者のみが内部で政務を行うようです。臣下は殿の外で指名を待っていたらしい。雨降ったら傘差してたのかな・・なんて馬鹿なことを考えてたら、目の前で白人の大柄なおばあさんが足を滑らせて階段から転げ落ちました。すぐに係員が飛んできたから大事には至らないとは思うけど、大丈夫かな。話の内容からして「ニーナ」さんという名前らしい。スラブ系の名前ですね。ロシアの人なのかな。そういえば中国とロシアは隣国ですし、旅行客も多いのだろうか。

大和殿を見終わった後は、自由時間。故宮博物館となっている部分を見学して回ります。ここで少し見学方法で同行者と喧嘩してしまって、僕は内部の部屋をひとつひとつ回りたかったんだけど、紫禁城は広いのでカプセルカーのようなもので一周してみたいというんですよね。そんなサファリパークのような薄い見方はイヤダだとごねたら、険悪な雰囲気になっちゃいました。

なんか「城」って名のつくところでは良く喧嘩します。首里城とか広島城とか。結局、部屋を一つ一つまわったんですけどね。清の時代にイギリス王室から送られたカラクリ時計とか、珍しいものがいっぱいありました。じっくりみたいけど、それには時間が圧倒的に不足してます~。海外旅行はお金を撒き散らしながら行動しているようなところがあるので、どうしてもスケジュールがきつくなってしまうのは仕方ないんだけど・・次来ることがあったら、じっくりまわりたいな。


・・・・・・・


夕食は北京の名物である北京ダックを中心とした料理でした。長かった旅行も今夜が最後。食事は今までとくらべものにならない。たくさん食べたかったので、西安でも相席した老夫婦とまた相席することに。この人たちなら、「どんどん食べてね」と笑顔で行ってくれると思ったから。善意に甘えつつ、食い意地張ってます。

北京ダックはいかにも肉屋!という風貌の調理人がやってきて、その場でスライスしてくれました。その横で女性店員が丁寧にダックを巻いてくれるので、ぱくぱく食べれます。これでもかってくらい食べました。

目の前は舞台になっていて、雑技団が様々な技を披露してくれました。雑技のほうは生で見ていても不思議なほど、磨きに磨きぬかれた人間離れした技の数々。中国のマジックって、踊りながら(?)行うんですかね。宙返りしたと思ったら、片手に水の入った金魚蜂かかえていたり。ブラウン管を通してみていたら、インチキだと決め付けたかもしれない。ちっぽけな常識を覆してくれました。

テレビでたまに中国雑技団の特集やっていますけど、目の前で見るとやっぱすごいですね。サーカスみたいにマットもひかないで演技するもんだから、見ているこっちがはらはらしてしまいました。人間の限りない可能性に挑戦するのがテーマみたいです。

気づいたら2時間が過ぎていました。なんだか夢のようでした。


・・・・・・・


6日目はどこも見学せずに一路空港へ。もう、この頃になると虚脱したように周囲を観察することもなかったので、あまり記憶に残っていません。無事に成田空港に着いたときは、たった6日間のことなのに懐かしく感じました。

旅行記はここで終了です。最後まで読んでくれてありがとうございます^^
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by lars.ff11 | 2006-05-20 13:39 | 中国旅行記
[中国旅行記10]五日目万里の長城
西安を発ち、再び北京へ。4日目は西安城内を見学しただけで移動日という感じになってしまったけど、沿岸の都市ではなく、内陸部の歴史ある街に行くことができて嬉しかったから、まあいいや。

北京に着くと空は暗闇に支配されていました。飛行機が着陸すると、後部座席を占領していたラテン系の乗客が一様に歓声を上げる。別に特別ドラマティックな着陸をしたわけじゃないんだけどね。何でも楽しみに変えようとする、その姿勢はうらやましいです。

夕食は本場の淮楊料理でした。日本で中華料理というと、麻婆豆腐とか一部の例外を除いてほとんどこの淮楊料理ですよね。したしみやすいのは良いことです。料理のレベルはすごく高いというほどでもなくて、良質の食堂レベルといったところかな~。


・・・・・・・


翌日の朝、食べのもの話ばかりで恐縮ですけど、朝食はクラウンプラザホテルのビュッフェ式ブレックファーストでした。西安のビュッフェ式は東西おりまぜたものでしたが、北京で食べる朝食は完全にアメリカンスタイル。これはホテルの特色なのかもしれませんね。さくっと朝食をとって、今日は万里の長城見物です。

万里の長城はかなり北の方に位置しているイメージがありますが、八達峰と呼ばれる方面の長城はなんと北京市内にあるので、バスにのって1時間ほどの場所にありました。北京という街自体は北方防衛の拠点として栄えてきた歴史があるので驚くに値しないことかもしれませんけど、これだけ近いというのは吃驚。といってもまわりはなにもないので、万里の長城を見に行ったら、次の行動が制限されてしまうんですけどね。

バスの窓から見える長城は圧倒的で、地形に合わせてうねうねと壁が連なり、視界の彼方までのびています。西安の城壁ほどの高さはないのですが、平地ではなく山地の高いところを選んで建てられているので遠くからでも良く見えます。山全体がひとつの要塞になっているようにも感じました。

みていて思ったのですが、万里の長城自体は、それほど外敵を妨げる意味を持たないんじゃないかな。中華と非中華を分ける境界線であり、当時の王朝の支配力がきっちりと及んでいることを示すシンボルのように見えました。


・・・・・・・


長城の城壁の上は、山地に建てられていることもあり、アップダウンが激しい。平らな部分は皆無と言ってよいのではないでしょうか、どこかしらが常に階段状になっています。これは、城壁上で敵の大軍を迎え撃ったら死ぬな。確実に・・。

自由時間は長城の天辺付近まで行ってみようとどこまで行けるか試してみたのですが、予想以上にきつい。空気が薄いのか息切れするし、帰りのことも考えるとそうは遠くに行けないし。それでも、徒歩で行ける行き止まりのロープウエイ乗り場まで行ったのはせめてもの意地かな。ロープウエイがあるなら、乗ってみたかった^^;

ヘリコプターコースもあるらしいけど、墜落事故も起きているしなんだか怖い。ロープウエイなら乗りたかったんだけどなー時間が・・残念です。


(紫禁城へつづく)
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by lars.ff11 | 2006-05-20 12:54 | 中国旅行記
[中国旅行記9]四日目「西安城内見物」
ない・・ない・・朝食を採るために必要なチケットがない!もしかして、朝食抜きかも・・と思いつつビュッフェ形式の朝食堂に入ってみると、従業員の方が親切で食べさせてくれました。よかったー。規則だからダメ。なんていわれたら悲しいところでした。

西洋風の料理が食べられる朝食は非情においしく感じます。なんか日本を思い出しましたよ。洋食食べて。オレンジジュースも新鮮でした。なんせ、毎回ウーロン茶でしたからねー。お茶はお茶でおいしいんだけど、いい加減飽きますよ。

しあわせにひたった朝食でした。


・・・・・・・


この日で西安を離れて北京に戻る予定でしたので、見学は少なめで城内をまわることに。

西安の西門は「安定門」という。この安定門はシルクロードの出発点でもあり、他の城門よりも装飾が凝っていて城壁も高くなっています。今でもたくさんの大型車が中央アジア方面に流れていて、ここは今でもシルクロード(商業路)なのだなあとしみじみ思いました。

西安城内は貧しさ満点だった城外とはうってかわって、整然とした近代的な町並みでした。この歴然とした差はとても共産主義国とは思えない・・このあたり、中国人の現実主義がうわまわっているのかな。

道はほとんど一直線で隅から隅まで計画性を感じさせる街ですね。ただ、信号はあまり整備されていなくて、交差点ではスペースの取り合いをしながらじりじり前進していきます。妙におろそかな部分があったりするのが外国の不思議さです。きっと外国の人が日本を見ても、そういうところはあるんでしょうね。

それにしても僕は中国で車を運転したくはないなぁ。人が周囲にいっぱいで、いつ人をはねてしまうか心が休まるときはない。バスの運転手さんは凄い技術だ・・ってガイドさんに言ったら、「少しくらい接触したってダイジョウブさ、HAHAHA」と笑ってました。おおらかです。

城内の中心には「鐘楼」と呼ばれる明代の建造物があり、周囲はパリの凱旋門のように交通の要衝になっています。よくは確認できなかったけど、たぶんロータリー形式になっているんじゃないかな。車が増えすぎると風情も何もないですね・・。


(万里の長城につづく)
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by lars.ff11 | 2006-05-20 02:19 | 中国旅行記
[中国旅行記8]三日目「兵馬俑坑」
今日はいよいよ西安観光の目玉である兵馬俑坑にいくのですが、その前に半披遺跡によりました。この遺跡は竪穴式住居の遺跡みたいです。

バスから降りると、突然横からミネラルウォーターを差し出されたので、思わず手にとってしまいました。なんだろ?目の前にあるのは「してやったり!」という表情をうかべた中国人が立っている。そして、10元よこせといっている。ああ、これはしてやられたかもしれない。

商品を受け取るという行為によって「買う」という意思表示を望まない形ではありますが、してしまったようです。いらないといって返そうとしても両手を腰のところに隠して受け取らない。やれやれ・・僕は結構気が短いんですよね。ミネラルウォーターを地面に叩きつけてやる誘惑に駆られましたよ。でも、もめるのも嫌だったので、おとなしく払うことに。ぼーっとしてたおかげで高い水をかってしまった^^;

お金を渡すときに「いい価格設定だね」と英語で話しかけると、彼はぼろっと破顔しました。まさに「ユア・プライス・ノー・プロブレム!」の世界。苦笑しながら凍りついたミネラルウォーターを抱えて遺跡の中へ。


・・・・・・・


遺跡はなかなか興味深いものでした。竪穴式住居は日本のそれとたいした違いはありませんが、居住区、製陶区、埋葬区など、整然と区割りされているところには驚かされます。それは、竪穴式住居の時代から強い権力が存在したことをはっきりと示していたから。古代の時点から共同体じゃないんですよね。地理的な要請がこういった形を生み出していったのかな・・?

その後、西安碑林博物館と華清池に行きました。西安碑林博物館は孔子廟を改造されてたてたものらしい。なんか物凄く罰当たりな気がしますけど・・中身はこれまた面白い。「碑林」というネーミングそのままに、石碑がどかんどかんと地面につきたてられているんですよ。石碑はむき出しに置かれているので、直に触れることもできます。

内容は古代文字なので、現在の日本で使用されている漢字に近くてすらすらよめちゃいます。十三経は本で読んだこともあったので、なんだか不思議な親しみがわきました。粘土持ってたら型とってみたかった(・・犯罪行為だけど)。

華清池は大規模な温泉地で、大きな池のように見える部分が全て温泉だというのはすごいスケールです。さすが皇帝の別荘地。山々と建物と池の配置が絶妙で、一枚の絵のよう。「触ると美人になる木」というほっそりとした木が植えられていて、大人気でした。


・・・・・・・


兵馬俑坑は3つの坑からなっている古代遺跡です。約8000体の陶俑(陶器の人形)が見つかっていて、何の目的で作られたかは諸説あってはっきりとはしません。墓守のためだとか、あの世を征服するために黄泉の軍隊をつくったのだとか、いろいろ。

すさまじい数の等身大の人形を眺めていると、ひょっとして自分の帝国を建設した軍隊の雄姿を後世に残したかったんじゃないだろうかと、ふと思いました。そんな理由でこれほどの施設を作るとは思えないけど・・確実に現代にその雄姿はつたわっているんですよね。

ほんとに軍隊が目の前にいるような・・発掘中ということで近づいてみることはできませんでしたが、十分その迫力を味わうことができましたよ。ただ、発掘現場を見ただけという殺風景さだったので、じっくりみれなくて物足りなさは残りましたけど。


(西安城内見物につづく)
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by lars.ff11 | 2006-05-20 02:04 | 中国旅行記
[中国旅行記7]二日目「ガーデンホテル」
見学がすべて終了してホテルに着く頃には、すでにあたりは薄暗くなってきていました。バスの窓から見える西安城外の住宅は日干し煉瓦つくりで、地震がきたら倒壊ではなく、「崩壊」してしまうのではなかろうか。雨が降ったら「溶解」しそうでもあります・・。その一帯でひときわ目立つ、大きな建物が今日泊まるガーデンホテルです。

入口をくぐると、ホテルの従業員が「イラッシャイマセ!」と左右に列をつくって日本語で(!)迎えてくれました。なんか日本旅館のノリです。日本人のアドバイザーでもいるのかなぁ。北京で泊まったホテルは西洋風でしたが、今回は西洋風をベースに東洋の香りを取り入れた雰囲気。こっちの方が好きかも。中庭の池を囲むように建物が配置されていて、中庭に「南面」する北側が一番凝ったつくりになっていたり、中国の伝統がふんだんにとりこまれていました。

僕たちの部屋は南ブロック。今回はトラブルもなくスムーズに入室できました。部屋は広くて満足。今回、食事はしょぼいけど宿は凝ってる。


・・・・・・・


夕食は「長安の夕べ」と題うったフェスティバル形式で、ステージが設けられて踊り子が踊り、料金無料の屋台がいくつも軒を連ねていて、そこから料理を調達する仕組みです。屋台で料理を選んでいると、ステージ上の踊り子の方が降りてきて、料理についていろいろ説明してくれました。日本語がうまくてびっくりしましたよ。

西安名物は水餃子で、この屋台でも水餃子がオススメだと聞いたので、山ほど水餃子を抱えて席に帰ります。席に帰る途中で説明してくれた彼女に山盛りの器を掲げて見せたら、にっこり笑ってくれました。素朴な感じがしました。

席に帰ると、老夫婦が相席しても良いかとたずねてきました。もちろんOKですよ!老夫婦は悠々自適の老後を送っているようで、いろんな国へ出かけていっているみたいで、話の引き出しが多くてとにかく面白い。人生の含蓄がある人って、話の内容が深いから聞き入っちゃいますね。

料理はこの旅行に来て初めて(!)おいしいと思えました。西安料理は辛いと聞いていたけど、それほど辛くはなくて、上海の料理のような甘みがあって食べやすかった。日本人に馴染んでいる中華料理は主に北京と上海の料理だから日本人風にアレンジされているのかな?他にアメリカ人やロシア人もいたみたいなので、他の国でも同じような状況なのかもしれませんね。

良い夜でした^^


(兵馬俑坑につづく)
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by lars.ff11 | 2006-05-20 01:33 | 中国旅行記
[中国旅行記6]二日目「お土産屋」
場所を移してお土産屋へ。旅行とお土産って気っても切れない関係にありますよね。今回もお土産を早い段階で確保しておかなきゃと思ってたので、ちょうどいいタイミングでした。なんだか、あやつられているような。

店内には様々な商品が並んでいます。でも・・どれもこれも、とんでもなく高い。買いたい分全部買ったら破産してしまうぞ!何しろ日本で買うより高いんだから尋常じゃない。というか、ぼったくりだろう、これ。購買意欲をすっかりそがれていると、店員が流暢な日本語で話しかけてきました。

「お土産なら、パンダチョコがいいよ」
「チョコあまり好きじゃないし」
「あなたが食べるわけじゃないでしょ」
「まぁ、そうだけど、一箱100元は高い」
「20個も入ってるから高くないよ。これ中国名物だよ」
「いや、高い。日本でもこんなにしないよ」
「じゃあ、5個買ってくれたら一個80元にまけるよ」
「5個もいらないよ・・」

ここで話を切って歩き出しました。不毛もいいとこだよ。まだ機会もあるし、無理に買わなくてもいいかな・・と思っていると、一緒に旅行にいったAから飲茶セットが欲しいと言われた。見てみると1000元もする怪しげな品物だ・・。高すぎるのはわかっているけど、店員に値引き交渉して欲しいと言う。欲しけりゃ自分で交渉すればいいのにー。

店員は全員日本語が堪能というわけでもないらしくて、中国語と英語を交えてのカタコトやりとりを続ける羽目に。さっきの定員はとても呼ぶ気がしない。大学の中国語の授業では「発音がきれいだ」と誉められてたので中国語は自信あったのに、現地の人にあまり通じないことにひそかに衝撃(!)をつけつつ、かろうじて英語で意思をかよわせます。なんで、アジア人同士で英語使ってるんだろ。おかしいよ。

・・30分経過。ついに半額まで値切ることに成功して、交渉成立。ちからつきました。


(ガーデンホテルへつづく)
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by lars.ff11 | 2006-05-20 01:09 | 中国旅行記
[中国旅行記5]二日目「乾陵、永泰公主墓」
乾陵はとてつもなく大きい・・とんでもない規模です。たかが(!)墓にここまでやるとは、スケールが違いますね。

乾陵へ続く石畳の道に立ってみると、眼前には、自然の山にしか見えない人口の山である乾陵が大地にどっしりと腰をすえているのが見えます。道の両側には人間の背丈の倍くらいの石像が林立していて、ひとつひとつ種類を違えてあって芸が細かい。兵士がいれば、天馬もいたり。

振り向くと乳頭山と呼ばれる、一対の祠を頂上に据えた一対の山がそびえています。女性が仰向けに横になった姿に似ていることから、そのネーミングになったみたいです。ここに葬られた、夫婦の皇帝(高宗と則天武后)のうち、どちらが重んじられているのかなんとなくわかるというものです。ただただ歩き回っただけだったけど、広かった。早くもくたくたです。

○乾陵
唐王朝3代皇帝高宗とその皇后則天武后の合葬墓。現存する陵墓のなかで、もっとも保存状態が良く、中国皇帝の墓として世界的に有名。高宗は唐の最大領域時の皇帝。則天武后は中国史上唯一の女帝として有名。

永泰公主墓は乾陵とは違って、野外ではなくお墓の中を見学しました。この墓では、盗掘者の骨や、盗掘したときに使われた抜け穴などが見れて面白いです。盗掘者たちは穴を掘り、墓の内部に侵入し、金銀財宝の分け前を巡って同士討ちをしたといいます。その挙句に、骨まで展示されているのだからいい面の皮・・。

西安の墓はほとんどが盗掘にあっていて、三国志で有名な曹操は盗掘によって墓が荒らされるのを嫌い財宝を埋めなかったから、未だに墓の正確な場所がわからない・・といいます。墓と盗掘はセットなんですよね。

墓の入口から先はゆるやかな下り坂になっていて、薄暗い地下に向かってまっすぐ伸びています。空気は地中だからか、ひんやりと冷たく湿気を若干含んでいる感じでした。少し進むと、左右に合計6つの横穴が開いており、中国語で「盗掘者の道」とかかれたプレートがかかっていました。

さらに進むと、ドーム状の空間に抜けます。4面の壁には建物と女官の絵が、ドーム状の天井部分には星空が描かれています(女官の絵は教科書に載るほど有名)。この様子からみると、中国の伝統的な建築様式である四合院を模した空間なのかな?

さらに奥に進むと、二重構造の棺が安置されており、棺の外郭は遠くからみるとただの黒塗りですけど、近づいてよーく観ると、蓮や鳳凰などの絵が精緻にきざまれています。すごい技術だ・・。

○永泰公主墓
永泰公主は前出の高宗と則天武后の娘。若干17歳で眠りに着いたという。

茂陵、咸陽市博物館は前の2つがインパクトありすぎてかすんで見えました。面白かったけどね。申し訳ないけど地味でした。


(お土産屋に続く)
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by lars.ff11 | 2006-05-20 00:24 | 中国旅行記
[中国旅行記4]二日目「西安」
北京空港から西安への国内線に乗る。国内線だから、国際線より機体のグレードがすごーく落ちてたらどうしよう・・なんて心配しましたけど、杞憂でした。中華航空は国内線にも力を入れているようで一安心。

空の旅は、内陸部を通っているだけあって面白かった。雲の切れ間から中国の地形がはっきりと見える。大きな河、延々と続く山脈地帯。広いなぁ。山間部には段々畑が一面に広がっていました。これから行く山西地方は山がちだから、ああやって食料を確保しているのかな。

しばらくすると、機内食が運ばれてきました。朝食を食べたばかりだったし、正直あまり食欲をそそらなかったけど、これが昼ごはんだったら後が大変なので、少し無理して食べました。旅行ってグルメも楽しみのひとつじゃないの・・なに苦しんでんだろ。。

西安の空港はシンプルな作りで、空港の全機能が見渡せて面白かった。「空港」というよりは「飛行場」という感じでしたね。あたりは開けているから有名な西安の城壁がみえるかと期待しましたが、城壁があるのはまだまだ先みたい。残念。

○西安
西安は前漢の時代から明の時代まで長安とよばれていました。「長安」というネーミングながら、全市街を燃やされること2回、破壊・略奪されること数知れず・・という悲惨な目にばかり遭っている都市。渭水盆地の中心に位置し、周囲の肥沃な土地と、守備に適した地形から、「王府の地」とも呼ばれました。人口の増加に伴い首都の食糧供給が困難となってしまい、唐代以降は開封など東に政治の中心が移動し、以後西安が中心になることはなく、今に至ります。
現在の西安市は、6県7区を管轄する西部を代表する大都市で、良く整備された計画的な外観を持ちます。北西に位置する咸陽市とは、渭水を隔てて隣接する関係。

市内を観光しつつ、今日だけで乾陵、永泰公主墓、茂陵、咸陽市博物館に行く予定になっています。こう観てみると、全てが墓関係ですね。これは偶然ではなく、西安には古代からの墓が多く、バスの車窓からもその様を見ることができます。あちらこちらに小さな丘のような墓があったと思えば、巨大な山にしか見えない墓もある。

まあ、墓巡りは歴史巡りと同義と言ってよいから、好きな人にはたまらないですね。僕も中国の歴史が好きで、この旅行の前に勉強しなおしてきましたよ!かなり地味なコースだけど、興味津々です。


(乾陵につづく)
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by lars.ff11 | 2006-05-19 23:53 | 中国旅行記
[中国旅行記3]一日目「クラウンプラザホテル」
バスでホテルに着く頃には、雨が落ちてきていました。もう夕方でもあったし、急に辺りが暗くなったかのような頼りなさです。ホテルは5つ星と銘打つだけあり、自己主張しすぎない落ち着きを感じさせます。夕食がアレだったから少し心配してたんだよね~。

内装は控えめな外観とは少し雰囲気が違い、豪奢な装飾と、ベートーベン主体のクラシック音楽が優雅な空気を運んできます。音楽はスピーカーから流れているわけではなく、中庭で演奏する少人数のオーケストラによるものです。なんだか、ジーパンはいて入ってくるところじゃないよなぁ。

カードキーを渡され、部屋へ向かう。カードキーを装置に差し込んで部屋へ・・って開かない。何回やっても開かない、他のツアーの人たちは部屋に消えていったので明らかにおかしい。故障してるんだ、僕たちのだけ^^;;

部屋に入っても、電話が動かなかったり、ヒューズが飛んだり、ふんだりけったり。一回従業員を読んだ後だったこともあって、面倒くさくてそのまま放置。ささやかな照明をともせば、窓の外はネオンで明るい。それでいいよ。疲れてるし、もう寝よう・・。


・・・・・・・


朝は5時に起床。今日は朝から西安に向かうので早いんです。少し眠いけど、先日照明が落ちたおかげで早く寝たので、目覚めは快調だったり。怪我の功名というやつでしょうか。朝食はホテルのバイキングかと思いきや、パンの詰め合わせを渡されてそれで終わり。バスで食え・・と。あらまあ、食事は完全に手抜きなんだね。

バスにのり、再び空港へ。北京のガイドさんは別れ際にツアーのリーダーを決めようと言い出した。このツアーの参加者は僕達2人を合わせて総勢18名の大所帯。確かに決めておいたほうがいいのかな・・と思ったら、女子大生グループの一人を指名して、さっさと帰ってしまった。サバサバしてますな~。


(西安へ続く)
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by lars.ff11 | 2006-05-19 23:27 | 中国旅行記